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伝統構法とは 第二章

木組みとは何か

なぜ日本の建物は釘や金物に頼らず千年以上残ってきたのか?

伝統構法を語るうえで、最も重要なものがあります。

それが「木組み」です。

木組みとは、

柱や梁を単純につなぎ合わせることではありません。

一本一本の木材に加工を施し、

木と木が互いに支え合うよう組み上げていく、日本独自の建築技術です。

現在の住宅では、

金物やビスによって構造材を固定することが一般的です。

金属には高い強度があります。

施工も早く、品質も均一です。

そのため大量生産には非常に適しています。

しかし、日本の伝統構法では考え方が異なります。

木と木を直接組み合わせ、

建物全体を一つの構造体として成立させます。

私は三十年以上、この木組みの仕事に携わってきました。

一本の木を見て、どちらを上に使うのか。

どの位置へ配置するのか。

どのような仕口を刻むのか。

木の癖を読みながら墨を付け、

一本一本手で刻み、

建物を組み上げていきます。

図面だけでは分からない世界があります。

それが木組みです。

木は一本一本すべて違う

工業製品は同じ寸法で作られます。

しかし木は違います。

同じ山で育った杉でも、

一本として同じ木はありません。

年輪の幅、油分、節の位置、繊維の向き。

反りやねじれ。

育った環境によって、すべて違います。

だから昔の大工は、木を見極める力を身につけてきました。

梁に向く木。

柱に向く木。

曲がりを活かせる場所。

力の掛かる方向。

一本一本を見ながら配置していきます。

木組みとは、木を加工する技術ではありません。

木を理解する技術なのです。

仕口と継手

木組みを支える技術が、

「仕口(しぐち)」と「継手(つぎて)」です。

仕口とは、柱と梁のように方向の異なる部材を接合する加工です。

一方、継手は、短い木材同士を一本の長い木材として使うための加工です。

現在ではプレカット工場で加工されることもありますが、

本来は一本一本、

木の状態を見ながら墨を付け、

手で刻んでいました。

例えば、追掛大栓継ぎ。

腰掛鎌継ぎ。

蟻掛け。

込栓。

車知栓。

端栓。

それぞれ役割が異なります。

引っ張りに強いもの。

圧縮に強いもの。

横方向の力に強いもの。

場所によって使い分けます。

つまり、木組みとは、

建物全体の力の流れを設計する技術でもあります。

なぜ金物を使わないのか

「金物を使わない方が丈夫なのですか?」

この質問を受けることがあります。

私は、丈夫かどうかという単純な話ではないと思っています。

木と鉄では、

性質が大きく異なります。

木は湿度によって膨張し、

乾燥によって収縮します。

一年を通して、

わずかに呼吸しています。

一方、鉄は木とは異なる動きをします。

その違いによって、

長い年月の中では、

木と金物の間に無理な力が生じることがあります。

また、結露などによって金物が錆びれば、

その錆が木へ影響を与えることもあります。

だから昔の大工は、できる限り木だけで組み上げる方法を追求してきました。

木は木と組む。

同じ性質を持つ材料同士だからこそ、

長い年月をかけて馴染み、

より強固になっていく。

私は現場で古い建物を解体するたびに、

そのことを実感します。

百年以上前に刻まれた仕口が、

今なおしっかり噛み合っている姿を見ると、

先人たちの技術の高さに驚かされます。

木組みは「固める」のではなく「支え合う」

現代の建築では、

できるだけ動かない構造を目指します。

しかし伝統構法では、少し考え方が違います。

木は生きています。

季節によって動きます。

地震でも動きます。

その動きを完全に止めようとはしません。

むしろ、動くことを前提に設計されています。

一本の柱に力が掛かれば、

梁へ伝わる。

梁から貫へ。

貫から別の柱へ。

建物全体で力を分散していく。

それが木組みです。

私はよく、

「木組みは人の身体に似ている」

と考えます。

人も骨だけでは立てません。

筋肉や腱、靭帯が互いに支え合うことで、

柔らかく動きながら身体を支えています。

木組みも同じです。

一本だけが頑張るのではありません。

建物全体が協力し合うことで、

大きな力を受け止めています。

墨付けは大工の設計図

木組みを作る前には、

「墨付け」という作業があります。

一本一本の木材へ、

どこを削るのか。

どこへ仕口を刻むのか。

すべて墨で描いていきます。

この墨付けこそ、

大工の設計図です。

同じ図面でも、

木の曲がりや木目を見ながら、

一本ごとに加工方法を変えることがあります。

だから墨付けは、

機械ではなく、

木を知る職人の経験が生きる工程です。

私自身、三十年以上この仕事を続けていますが、

今でも木から教わることがあります。

一本として同じ木はありません。

だから木組みに終わりはありません。

毎回が新しい学びです。

木組みは日本の文化でもある

木組みは、

単なる接合技術ではありません。

日本人が長い年月をかけて育ててきた文化です。

釘がなかった時代に生まれた知恵。

木を無駄なく使う工夫。

修理しながら住み継ぐ思想。

それらすべてが木組みの中に詰まっています。

私は、この文化を単なる伝統技術として残したいのではありません。

未来へ受け継ぎたいと思っています。

建物は完成した瞬間が終わりではありません。

五十年後。

百年後。

二百年後。

その時にも修理しながら住み続けられる家であること。

それが本来の木造建築の姿ではないでしょうか。

だから私は今も木組みにこだわり続けています。

それは昔のやり方を守るためではありません。

未来に残る建築をつくるためです。

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