たつ鳥 2026年3月11日
今日で東日本大震災から15年。
その二日前。父親が3月9日に命を絶った。
日が経つのは早いものだ。
いつ途絶えるかわからない命。後悔なく生きたい。
最近、我が社は人の出入りが多い。
数年前から、弟子を受け入れたり、先日はお手伝いの方を受け入れたり、人の出入りが一定数ある。
最近はwwooferの制度を利用し、wwoofを受け入れている。
外国人の方が主だが、日本人との差を実感することが良くある。
それはどこで感じるかというと、「去り際」の潔さだ。
人と離れるとき、その人の本質が出る。
一緒に過ごした時間よりも、最後の振る舞いのほうが、その人をよく表す。
感謝を残す人。
文句を残す人。
静かに去る人。
波風を立てて去る人。
去り際には、「人の品格」が出る。
出会いに感謝する人。
出会いを粗末にする人。
人生の中で出会える人は、実は限られている。
顔見知りになる人 約5,000〜10,000人。
名前と人柄を覚えている人 約1,000〜1,500人。
ときどき連絡を取る人 約150人。
信頼して相談できる人 約15人。
本音を預けられる人 約5人。
人生を共に深める人 1〜3人。
人生は出会いと別れの連続だが、本当に深く関われる人は、ほんのわずかだ。
だからこそ思う。人は誰かに支えられて生きている。
昔から言う。
「たつ鳥跡を濁さず」
良い言葉だと思う。
どんなに長く関わっても、去るときに跡を濁せば、
それまでの時間までも濁ってしまう。
逆に、「お世話になりました。感謝します」
その一言だけで、すべてが美しい思い出になることもある。
私は建築の世界で長く生きてきたが、
家も人も同じだと感じている。
呼吸を止めると腐る。
床下を塞げば、空気は滞り、
やがて家は傷んでいく。人の関係も同じだと思う。
恨みや怒りを残して去ると、その場の空気は濁る。
静かに去れば、風は通り、次の人が気持ちよくそこに立てる。
人生は出会いと別れの連続。
だからこそ、去るときは静かに。
跡を濁さず。
人として、去り際には、その人の人格が表れる。
気持ちよく生きたいものである。
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